玄関の重いドアを5センチほど開いたところで、中の電気が付いている事に気付く。
一瞬どきりとした。電気を点けっぱなしで出てきてしまったのか、はたまた鍵の締め忘れで不法侵入?いやいや。
あらぬ妄想が一瞬で頭を流れたが、ぞんざいに脱ぎ捨てられた靴を見てほっとする。
こんな蛍光色のスニーカー履いてうちに来るやつは一人しかいない。

「なんで居るの」
「遅かったな」

もう日付が変わろうかという時間、それと明らかによそ行きの服で帰宅した私を見てユウジはあからさまにむっとした。

「来るって知らなかったもん」
「どこ行ってたん」
「友達と出かけるって、メールしたでしょ。ユウジこそなんでここに居るの」
「居たらあかんのか」

大阪にいるはずのユウジが、新幹線を使っても3,4時間はかかるし夜行バスなんかでは一晩を費やすこの場所に突然現れたのだからこの質問はお

かしくないはずだ。
といっても、こんなことは実は3回目で。
1回目こそサプライズ訪問の名に恥じず、帰宅した私を満面のどや顔で迎えたものの、既に2回目からは完全に自分の家気取りの風貌。
3回目の今日に至っては『居たら悪いですか?』との居直り。ちょっと待って家主は私だ。
こんなことなら合い鍵なんて渡すんじゃなかった。別に嫌だというわけじゃないんだけど、心臓に悪いし、ていうかなんでそんなにくつろいでる…?

ベッドに寝そべるユウジは大阪の彼の家と寸分も違わない光景だった。

「駄目なんて言ってないでしょ。突然なんてびっくりしたから…」
「えらい可愛い格好しとんな、きもいわ」
「会話しろよ」

あんまりのコミュニケーション不全に、ユウジの口から私に向かって『可愛い』なんて言葉が飛び出したのをスルーしてしまった。
ユウジが可愛いって言った…このコーデはユウジは可愛いと思うのね。脳内メモ。
ああもちろん末尾の言葉は元々からスルーで。

ベッドにうつぶせになるユウジの隣に腰掛けてなんとか機嫌を取ろうとすると、ユウジが私の手をまじまじと見る。

「…けったいやな。俺と会う時なんか、こんなもん塗ってたか?」

ユウジの罵声を浴びたのは、ビビットピンクで塗られた十本の指の先の爪だ。
確かに普段はめったに塗らない上、こんな派手な色も珍しい。
蛍光灯で照らされたそれは、ピンクというよりもいっそ赤に近かった。

「…誰と会うてたん?」

急に気持ち悪い猫撫で声になったから、少しだけからかってやろうという苛虐心が沸いてしまった。
ユウジの異常な嫉妬も拘束も、慣れてしまえば可愛いもので、上手く扱えば単なる会話の種のひとつだ。

「…ユウジの知らないひとだよ」

ユウジの知らない爪の色で知らない人に会ってたんだよ。
ツン、と壁に言い放つと、ユウジが腰辺りに絡みついてきた。
お笑いには人一倍厳しいくせに、こういう冗談には通じない。面倒すぎるし愛しすぎる緑髪をすくように撫でる。
緑を通り過ぎる赤はものすごく対照的だった。正反対だ。

「うわきかしなすど」

それは誰のことだっつうの。
ユウジの緑頭に手刀を食らわせて、赤い爪を除光液でさっさと溶かした。




「あ、おかえり」
「遅いわっ!」









110416 わざわざ外出メールいらんわとか言いつつ来ないと怒るタイプ