今日最後の講義の途中、携帯が光った。
ぺらぺらと眠たくなるような講義を続けよる教授に隠れて机の下でパカリと携帯を開くと、新着メールが一件。
『今日お鍋食べたい人〜』
本文と差出人の名前で、自分だけしかわからん位の笑みを浮かべる。
『ノ』の一文字だけを送信して挙手の意を示す。
そうしたらすぐに、講義が終わり次第、駅前に来るようにとの内容が送られてきた。
それには返信せずに、携帯を閉じる。
(鍋かぁ…)
引き続き繰り広げられる教授の呪文にとりあえず耳を傾けるが、既に自分の耳は受け付けとらんらしい。
あと30分か。チラチラと携帯で確認する時刻がもどかしい。早よ進め。
にやける口元を頬杖で隠し、シャーペンを回し始めた。
講義が終わり、幾人かの夕飯への誘いに断りを入れて駅へ向かい始める。
もう終了5分前からノートや筆記用具をしまい始める始末で、なんやかんやで心待ちにしとる自分を自覚してなんや気持ち悪かった。
早足で指定された出口に向かう。
ところが、待たせているのかと思い込んどったけど、あの人はまだ着いていないようやった。
適当な壁にもたれたのと同時に携帯が鳴る。
『ごめん!10分くらい遅れます!!ごめん!!』
盛大に舌打ちしている自分がいた。いつもこうなんやこの人は。人を呼び出しておいて自分が遅刻するんや。
珍しく浮かれていた自分は即効で塗りつぶされて、彼女が息を切らして到着する頃にはどうしようもなくドス黒いオーラを纏っとった、らしい。
「先輩、呼び出しておいて遅刻とか…ありえんすわ、いつもながら」
「ごめんごめん、ちょっと、まあ、いろいろあって…!」
この人の言う『色々』は、部屋の掃除とか洗濯とかそういうものに決まっとる。
大体掃除なんてやってもやらんでもほとんど同じなのに、俺が部屋に上がるとなると毎回しよるらしい。
まあ自分の為と思うと悪い気はしないのだが。いよいよ目の前の人が泣きかけてきていたのでスーパーへ向かうことにした。
「よし、財前くんもいるからいっぱい買っちゃうよー」
「先輩また冷蔵庫空なんやろ」
「え、い、いやいや、今ね、小松菜あるの!小松菜は!」
「小松菜て」
どうせ冷蔵庫の三段あるうち、二段くらいは何も無いんやろう。
お腹すいた、家に何も無いと電話がかかってくることもある位や。
本当に人の迷惑を考えん人や。それに俺が心配せんとでも思っとるんやろうか。
(第一、)
もっと食えばいいのに。細すぎるんや。
ぴょこぴょことカートの先を行く先輩の体躯を見て思う。
そんなことは死んでも言わんけど。
「嬉しげにカゴ入れまくっとりますけど、…買いすぎちゃいます?」
「そう?いっぱい食べるでしょ」
「二人しか居らんやないですか」
「やー!ふたりっきりだねー!恥ずかしー!」
「うざいすわ」
大体今に始まったことか。付き合って何年経っとると思っとんねん。
しかもこの女、俺以外の男も家に入れとるらしいし。(男てか、謙也さんやけど)
流石にその話しを聞いたときはしばき倒したけど、どうして俺が怒っとるのか自体理解してへんみたいやった。
敏感なのか鈍感なのか、全然わからん。
この人はよく、俺の考えとる事がわからんと言うけど、俺にしてみればこの人の方がよっぽどわけわからん生き物や。
結局スーパーでは、今夜の鍋材料やら、先輩の非常食やらを買い込んで、ビニール袋(大)二つ分の買い物になった。
「いっぱい買いましたね財前さん!」
「そうすね」
「お、重っ…え、…え?」
「なんすか」
「何で私二つ持ってるの!?持ってくれないの!?」
「重いやないですか」
「ええええええ」
「遅刻した罰や。はよして下さい」
ぎゃーぎゃー言いよる先輩を背に、すたすたと歩き出す。
そういえば。
高校なんかの頃は、こんなときよく謙也さんあたりがもっと優しくしたれや、なんて口を出してきよったのを思い出す。
余計なお世話というやつだ。確かにたまにやりすぎると思うことは、あるにはあるけど。
でも、俺はこんな接し方しか出来んのや。
それが俺の愛情表現や。
(あいじょう、か…)
なんだか自分の我が侭を正当化しているようで気分が悪かった。
(なんやそれ、子供か)
実際の所、俺の子供みたいにしょうもない部分まで笑って包んでくれるようなこの人に惹かれているのだ。結局。
そう思い出したら、自業自得なのに恥ずかしくなってきて、かき消すように声を荒げた。
「かっこわる」
「え?」
「はよ貸せ」
「えええ?」
「持つ言うとんのや。先輩、歩くん遅い」
「財前くんが全部持たせるからだよー!って、え?財前くん、二つも持って大丈夫?」
またこうだ。もう先程の自分の苦労なんか忘れて俺の心配しよる。
(なんでこの人俺なんか、)
そんな事はもう何度も考えたけども、結局のところよくわからんのが事実や。
「鍛えとるから平気です。先輩と違うて」
「ええー!財前くんが優しい!こわい!」
「(嫌味通じてへん…)いつも優しいやないですか」
「どのこらへんが!?」
「いっつも先輩に付きおーてあげてるところ」
「ええー…」
「先輩の家めっちゃ遠いのにわざわざ来てあげてるところ」
「た、たしかに」
「認めるんや…」
「やっぱり一個ずつ持とう?重いでしょ」
そう言って俺の左手に持つビニール袋を奪い取ろうとするので、仕方なく右の袋を差し出す。
そっちの方が軽い方の袋だ、という事は気づいていないようやったけど、たまにはそんな気遣いもええなと思う。
「これで片手が空きましたな!」
ひひ、と気色悪い笑いと共にするりと絡んできた指に、これが狙いかと眉を潜めた。
「最悪か。さんの家まで羞恥プレイやんか」
とは言ってみたものの、別に解こうとはしない俺に彼女は満悦そうだった。
ちゅーか名前で呼んだん気づいてないし。ああ、あかんわ、口元隠す手が空いとらん。
110226 ざいぜんくん視点難しい。友人へ捧ぐ