些細なことで喧嘩になった。 普段なら、どちらかが冷静になってすぐに鎮火するはずだけど、今日はそれが無かった。 自分でも嫌だった。こんなめんどくさい女にはなりたくないって常日頃思っているのに。 もっとスマートな関係でいたい。それが例え単なる背伸びだとしても、強がりだとしても、彼の、永四郎の邪魔になることだけは避けたかった。 そんな思いとは裏腹に、私の口は最も面倒な言葉を発していた。 「テニスと私どっちが大事なの」 絶対に言いたくなかった言葉だ。は、と気付いた時にはもう、私の口を出て永四郎にぶつかっていた。 嫌だ。駄目だ、こんな私じゃ。 テニスの為に、練習や普段の生活の隅々まで努力し、気を使っているのを間近で見てきた。 そんな永四郎の重荷にはなりたくなかった。ただ、テニスの次でもいいから、頭の隅に置いて欲しかっただけなのに。 一瞬でぐるぐると思考が回転し、ようやく「ごめん」と口をついたはいいが、ぼろぼろと液体が頬を伝わる。 (あ、さいあく) 今正に、なりたくなかった自分になっている。 「」 先程まで私に暴言を吐いていた声だ。 微妙に上ずっている。 先程吐き捨てた問いは、もちろん自分を選んでほしかったわけじゃない。 だからといってテニスと言われるのも悲しいけど。そもそも、選ぶ次元じゃないもの知っている。 永四郎もそう思ってるのも知っている。 だけど何故その言葉をぶつけてしまったかというと、私が単に馬鹿な女だということだ。 そしてそんな馬鹿な女は木手永四郎にはいらない。 いらなくなりたくない、なのになのになのに、 「馬鹿女」 さっきよりもはっきりした声。 私は掛けられ得る、あらゆる言葉を想像して備えた。想像しえたのは全部暴言だったけど。 まだ永四郎は見れなかった。ただ手前の床だけを見ている。 「そうやって耐えてたんですか」 耐えていたわけじゃない。テニスを頑張る永四郎は本当に好きだ。 だから、限られた時間をテニスに費やされるのを悲しんではいない。 悲しんではいけない。あれ、これって耐えてるのか。 永四郎が近付いてくるのがわかる。 「ごめん」 その後を繋いだのは、想像していたあらゆる言葉とは違っていた。 あらゆる言葉は備えていたけども、なんていうか『もういい』と部屋を出ていく系の想像しかしていなかった私には思ってもみない言葉だった。 おいおい永四郎さん文法間違ってますよと当然今の私には発することもできない。 何故謝るんだ。駄目女と罵っておきながら。 「ごめん。辛かったね」 私の涙を拭う手は、あまりに温かく、私を包む言葉はびっくりするくらい優しかった。 「君みたいな馬鹿女はもっと俺に迷惑をかければいいんですよ。何で変に強がるの」 「馬鹿だから」 「あー、そうか」 予想外の優しさに触れて、私の涙は更にとどまる事を知らなかった。 みっともなく泣く私を、永四郎はゆっくりとだきしめて「俺は馬鹿女がいい」と言った。 そんなの綺麗事だ、重荷になったら、邪魔になるだけだ。 だけど私は嗚咽交じりに、部活の帰りを一人で待ってるのが辛い、たまの休みも筋トレに費やされるのも辛い、だけどもテニスを頑張ってほしいという旨を伝えた。 矛盾しまくっている、馬鹿みたい。 「よく言えたね」 でも永四郎がそんな私ががいいと言うなら、それでもいいと思った。 110124 木手の甘やかしの破壊力といったらもう |