「…しんでる?」 ユウジの住んでいるボロアパートのユウジの住んでいる105号室の扉を開けると、人が倒れていた。 人、というか、緑がかった、どうしたらその色になるのかわからない独特の髪色から推測するにそれは多分ユウジだろう。 廊下。玄関まであと数センチのところにうつ伏せで倒れていた。手にはウチワ。(この間携帯ショップで配っていたやつだ) Tシャツ短パンで轢かれたカエルのように床にへばりついていた。 「死んでへん。小春をこの世に残して死ねるか」 あ、死んでなかった。 ユウジは全く動かないまま、下のフローリングにぽつりと言葉を投げかけた。 「じゃあバイオハザードごっこ?ゾンビ?」 「人を勝手に腐らすなドアホ。あっついねん。めっちゃあっついねん。あついーしぬー」 ちなみにこの日の東京は記録的な猛暑を記録していた。 確かに外も相当暑いが、この部屋も空気がこもって死ぬほど暑い。 よく見ると部屋の窓という窓を全開にはしているが、全くの無風と言ってもいいような日だったのでほぼ無駄というわけだ。 「うん、暑いね。で、なんでここで死んでるの?」 「もう居間には居てられへん。てかフローリング冷たい。愛しとる。フローリング愛しとる。 俺はこのフローリングと結婚する。今からお前は一氏リングや」 フローリングのフローが苗字でリングが名前なんて初耳だ。 そういえばこの部屋にはエアコンが無いんだっけ。 なんでも2階の部屋には付いているらしいが、1階にはエアコンはなく、そのせいで家賃が格段に安いらしい。 「東京の夏を舐めとった…。てかフローリングもう熱い!体温で!しねや、破局や、破局…離婚やもう…」 フローリングにうつ伏せだった体をごろんと捻って仰向けにするユウジはなんだかいつもより饒舌だった。 ついに暑さで頭をやられたか。哀れユウジ。合掌。 「俺はもう本格的に死ぬ。小春、お前を遺して逝くことを許してくれ。天国で待ってる…。あ、あかんこれ感動する。 実話映画化出来るんとちゃう。俺と小春の純愛ラブストーリー。お前…お前記録に残せよ。小説とか書いて」 「小春ちゃんに書いてもらいなよ。本人の方が注目度上がるって。 あ、でもユウジの遺言は『天国でも…漫才しよな…待っとる』ね。泣けるわー」 「おま、天才か。財前か。」 財前くんとは誰だろう。 小春ちゃんは中学からの相方(兼愛方)で私も2.3回会ったことはあるけど、財前くんは聞いたこと無い。 また中学の子だろうか。そして天才なのか…。 「実写化したら俺の役嵐な。」 「(嵐の誰だよ)ねえ、ユウジが死んだら私はどうするのー?」 「はあ?知らんがな。お前は俺がおらんくても勝手にすくすく生きてけや」 と、こんな感じはいつものことで。 こんなのでよく今まで彼女がいたもんだ。しかも複数人。 (告白されて、適当に付き合って、だいたい3ヶ月目でフラれる、というのがパターンらしいが) 「わたしユウジが死んだら生きていけない」 「…今のちょっとときめいた」 「ねー邪魔。そんなとこ居たらあたしいつまでも玄関から動けない。」 「はあ!?つっめたいのお!東京人はほんま冷たい!東京はこない暑いのに人の心はほんま冷たい!!」 「その冷たい東京人が冷たいアイス買ってきたんだけど、いらないね。あんたもう東京と一緒に溶けろ」 「な」 「スイカバーがよかったけど、無かったからガリガリくんにしたけどいらないね。」 「愛しとる!」 やっすい愛してるだ。 ユウジの愛してるは100円でおつりがくるらしい。 「ユウジの一人コントのせいでもう溶けかけてると思う」 「お前、アイスとかそゆことはもおちょい早う言えや」 やっとこさユウジが起き上がって、廊下が開いた。 おじゃまー、と真っ直ぐ居間に向かうと、確かに暑い。 角部屋で窓が二つあり、日当たりがいいのが仇になっている。 やけに整頓されたテーブルの上に(綺麗にしていないと小春ちゃんから嫌われるから、とのこと)水滴だらけの コンビニのビニール袋を置く。 間髪居れずにユウジが手を伸ばしてガリガリくんを開封した。 なんだ、扇風機も無いのか、と呟くと「そんな金あったらアイスくらい買うてるわ」と返された。 ユウジの実家は大阪で、学費と生活費は全部自分でまかなう、と親に無理を言ってこっちで学校に通い始めたらしい。 居酒屋のバイトで生計を立てているが、いつも月末には死にそうな顔をしている。 生活は極貧だけど、自分の力だけで頑張っているユウジは少しかっこいいと思う。 だからたまにだけどこうやって差し入れしたくなる。 あたしも一人暮らしの学生で、そんなに裕福じゃないからたいそうなものじゃなく、今日のようにコンビニのアイスとかだけど。 「はあ、生き返る…」 「そりゃよかったわ。ゾンビユウジは嫌だし」 「お前まだそのネタ引っ張るんか」 「ねえ、そんな暑いならどっか行けばいいじゃん。スーパーとか、図書館とか、冷房当たるだけならタダだよ。 大阪人ならそこらへん利用しなよ」 「人のおるところは嫌やねん…東京ってどこ行っても人、人、人やんかぁ…」 「我がままだねー…でもこんなとこにいたらマジで危ないよ。今年は熱中症も多いみたいだし。 知ってる?熱中症って屋内に多いんだよ」 「ほな…どうすればええねんなぁー」 「あ、うちくる?エアコンあるし」 「……え、」 「え?ああ、今日バイトだった?」 「いや、今日は休みやけど…………え、ええの?」 「え、…あ」 そういえば、ユウジをうちに入れたことは何気に無かった気がする。 それはかねがね、あたしが「男の人を部屋に入れるのは覚悟が要る」とか「部屋に入れるほどの関係じゃないと」とか 言ってるからだ。 ユウジとはかなり仲が良いほうだし、ユウジの家にはもう何度も来たけど、それでも今まで自分の家に入れたことは無い。 別に変な意味で来るかと聞いたわけじゃないけど、思い出したらなんか妙に意識してきた。 「つか今からそない涼しいとこ行ったら確実に俺、泊まるし…」 「あ、…うーん…」 「…やっぱり、」 「き、来て!!」 いや、来てって。なんか変な響きだし。あたしは何してんだ。 しかもユウジの腕をつかんでいた。何してんだ。 そしたら一拍おいた後にユウジは、 「行く!!」 と。いや、行く!!もどうなんだろう。まあ、来てと言ったのは私だ。 そしたらユウジはちょっと大きめのカバンを出して、 「ちょっと待っとけ、じゅ、準備するから」 と服やらなんやらを詰め込み始めた。 あ、そうか、泊まるって言ったっけ。 泊まるって、え、ユウジがあたしの家に、だ。 単に家に入れるよりもはるかにレベルアップしていた。 いや、でも、ユウジなら、うん。ユウジなら大丈夫だ。何が大丈夫か全くわからんけども。 ユウジが準備をしている間中どんどん体温は上昇していっている気がしたけど、 それはこの東京の猛暑のせいだ、そう思うことにして残りのガリガリくんを口の中に放り込んだ。 1008** ユウくんを我が家に!という妄想