朝から雲行きが怪しかった空は、昼休みになるともう本格的に雨をふりおとしていた。 そんな天気のせいで、昼間から電気がついた教室で外を憂鬱そうに見つめる少年が一人。 「何や白石くん、しけてんなぁ。せっかくのイケメンが台無しや」 「憂鬱を湛えるイケメンもなかなか味があると思わへんか」 (よう言いよるわ。) 『毒手』と言い張る包帯でぐるぐるの左腕を頬杖にしたまま白石くんがこちらを向く。 たしかにその顔はどの角度から見ても乙女のハートをわしづかむもので、憂鬱な表情もちょっとした スパイスにさえなっていた。 「雨、止まへんね」 「そやねん。この雨やと部活、無理そやなあ…今日は屋内で筋トレや」 「真面目やなあ、白石くんは」 「部長やし。テニスも好いとるしな」 「へえ」 「それに」 今度は体ごとこちらに向いてくる。 例に漏れず白石くんの事が好きな私は、自分で声をかけておいてさっきからずっとどきどきしっぱなしだった。 しかも真正面で話されると、余計に緊張する。 「ちゃんにカッコええ姿、見せられへんしな」 「はっ?」 思わずアホな声がででしまった。 その声に白石くんはぶくくと吹き出し、自分おもろいな、と呟いた。 「知っとるで、いつもテニスコート見とんの。帰りがけに」 まさかばれていたとは思わなかった。 他にテニスコートに群がる女子なんてたくさんいるし、その上私はいつも少し遠巻きに見ている。 でも白石くんの言うとおり、帰りがけにテニスコートを見るのは日課になっていた。 テニスをしている白石くんはいつも以上にかっこよかったし、それが教室に普通に存在する白石くんと 同一人物なんだと思ったら、いつの間にか好きになっていた。 きらきら輝いてテニスをする白石くんを遠くから見て、そして教室でたまに話す。 それだけで私は満足していたが、それを逃がさないとも言うような目線で白石くんは見つめてきた。 「誰が目当てなん?まさか謙也とか言わんよな」 「目当て、とか。ただみんな頑張ってるなーって」 「みんなちゃうやろ、誰なん」 そういえば白石くんの顔からはもうすっかり憂鬱さなんか消えていて、整った顔にはぎらぎらした瞳が 張り付いていた。 「えと、」 現状に満足していた私は、しかも白石くんの方からこんなことを言われると思ってもいなかったので、 馬鹿正直に「白石くんを見てました。好きです」なんて言えるはずもなく、気がついたときには 「お、オサムちゃん」 とわけのわからない発言をしてしまった。 一瞬だけ時が止まって、私は本気にされたらどうしようとまるで責任のない思いを抱いた。 だけど次の瞬間白石くんはまたも吹き出して、「お、オサムちゃんて…!」とひいひい笑いだしていた。 ねえオサムちゃん、教え子に笑われてる。というか、私のせいだけど。 私はというと、笑えばいいのか照れればいいのか、もうよくわからなくなっていていっそ泣き出しそうになった。 (あかん、何か知らんがやらかしたんか私。ちゅうか何でそんな笑う…) 「ライバルが教師とは、手強いなあ」 やっと笑い止んだ白石くんは、またまっすぐに見つめてそう言った。 「…からかわんでくれますか」 「アホか。誰がからかってるて?本気や。マジで本気」 うさんくさい台詞だけど、キメ顔で言うからまたもよくわからなくなった。 つくづくこの白石という男は自分の武器を知っていると思う。 それとも単に私が、白石くんのどんな挙動にも心を奪われてしまうというだけだろうか。 おそらくそのどちらもという、ありきたりな答えが事実だろう。 「…ほんまに本気なら」 いまだ降り続く雨にかき消されそうなか細い声で私は搾り出すように答えた。 「白石くんが本気なら、オサムちゃんなんか敵やないと思うけどな」 「お、本人のお墨付きなら安心やな。遠慮なく本気だそ。いや、別に今までも本気やったんけどな?」 もうこの頃になると私は、自分が発した発言も白石くんがにこにこしながら語る言葉も 左耳から入って右耳に抜けていっていた。 しどろもどろになるでもなく、ゆでだこになるでもなく、 ただ雷に打たれたように凍りつく私に白石くんはとどめとばかりに 「俺ちゃんめっちゃ好きやねん、ほな」 また後でな と、とんでもない捨て台詞で自分の席に戻っていった。 あとで、っていつ。ていうか本気なのか。てゆか、すき、て。 ぐるぐるしながら、気がつくと、 「きんとれ終わるまで、ま、待っとるから今日…!」 と、割と大きな声で叫んでいた。 何人かがざわついたけど、白石くんは気にしてない風に、「おおきに」と最強にかっこいい顔で言った。 ちなみにその後すぐの5限はオサムちゃんの授業で、何かこっちが一方的にきまずかった。 早く授業終われ。いや、あまり終わらないでほしい。 授業内容は全く入ってくるはずもなく、白石くんの席の方向からくる突き刺すような視線にただ気づかないふりをするので精一杯だった。 1008** さすが白石くんパーフェクト