「ねえ、どっか行こうや」 夏休みももう少しで終わろうという頃、私はユウジの家に来ていた。 もう最近の日課になりつつある一氏家訪問は、もはやデートの形式などなく、ただ日がなだらだらする時間になっていた。 扇風機前の争奪戦に勝利した私はベッドを背もたれにして、髪をなびかせながらつぶやく。 「どっかってどこや」 ユウジはというと、ベッドの上で寝転がりながら雑誌をぱらぱらとめくっている。 連日の訪問に最初は悪態をついていたものの、ここ数日は扱いが空気になっている。 嫌味な言葉でも、まだ構っていてくれた方がましだったと気づいた時には、 ユウジはすっかり雑誌を読んだり携帯をいじることに夢中になっていた。 昨日なんか私が居るのに小春ちゃんと1時間も長電話していたという仕打ちだ。 (後で私が居た事に気づいた小春ちゃんは律儀にメールで何度も謝ってきた。小春ちゃんは何も悪くない…。) 「夏と言えば…海や!そういえば今年海行ってへんし」 「海か…海と言えば……湘南やな…」 「しょうなん?」 「そして湘南と言えば…」 「いえば」 「アホ!サザンやろ!」 ワントゥースリーフォッ、という合図と共に急にユウジが歌いだした。 しかも最近の曲ではなく、10年くらい前の懐メロだ。 いつも思うけどユウジの選曲はいちいち古い。テニス部でカラオケに行くと一番喜ぶのはオサムちゃんだそうだ。 そしていつもながらに完璧なモノマネだった。 似ているというか、”同じ”な領域だ。今はサザンだけど、 アイドルの声もそのまま出るから、そりゃオサムちゃんも喜ぶっちゅー話。 「センキュッ!」 「イエーイ」 1番を完璧に歌いきって、ユウジはいつか白石が黄色いジャケットを着てやっていたようなポーズを決めた。 (いつの間にか立ち上がって、雑誌を丸めてマイク代わりにしていた) ぱちぱちとただ一人の観客の拍手が響いて、ユウジが満足げに腰掛ける。 「ほな、行くか」 「え?」 聞き返す間にユウジはタンスから黒いベストを引っ張り出していた。 着ているTシャツにそのまま羽織り、家用のバンダナを取って外出用のバンダナを選定している。 「海?」 「なんば」 「結局!」 結局お手軽なコースに勝手にすりかえられてしまった。 それでも、私が言い出したことにユウジが腰を上げること自体めずらしいので早々に玄関に向かうユウジの後を素直に着いていった。 「…そない、海がよかったんか」 ユウジが俯いて、少しだけ(本当に少しだけ)申し訳なさそうに言うので、 「ううん、別に言うてみただけや。ユウジとやったらどこでも楽しいし」 と出来るだけかわいらしく言ってみた。 その努力が伝わったのか、ユウジは、フンと鼻を鳴らし、 「何をかわええこと言うてんねん」 とサンダルに通す私の足を蹴った。(なぜ蹴る!) 1008** ユウジに蹴られたい